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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090309-00000135-mai-base

ライバルの韓国相手に苦杯を喫した日本。岩隈、ダルビッシュら投手陣は踏ん張った。しかし、打線が全く機能しない。試合後、原監督は「(7日の韓国戦で)14点。その後に0点。これが野球ですね。相手投手がいいところに投げたら、なかなか打てない」と脱帽するしかなかった。

象徴的なシーンが四回の攻撃だ。中島の中前打などで1死三塁の好機を作り、打席には、ここまで2試合で2本塁打の4番・村田。ところが相手先発の奉重根に直球を内、外角に投げ分けられ、あっさりカウント2ストライクと追い込まれる。最後は内角高めのボール気味の直球を打たされて一邪飛。続く稲葉はチェンジアップでタイミングを外され、投ゴロに倒れた。
(ヤフートピックスより)


■豆知識 村田修一
東福岡高校では投手として甲子園に春夏連続出場を果たした。選抜では横浜高校の松坂大輔と投げ合うが敗れ(143km/hのストレートで速球派と呼ばれていた村田だが、それ以降松坂と比較され技巧派と評されるようになった)、夏は古木克明のいた豊田大谷高校に敗れ初戦敗退。高校通算30本塁打。本人いわく「打者にならなければ松坂には勝てない」と考え、日大進学後は打者に転向した。

大学時代は3年秋に井口資仁に並ぶ1シーズン8本塁打を記録し、通算では歴代2位タイの20本塁打を放つなど、東都でも屈指のスラッガーだった。リーグ通算104試合出場、374打数103安打、打率.275、70打点。ベストナイン4回。

上背こそないが、長距離打者としては恵まれた体格から、右方向にも長打を放てる長距離砲である(本人は「右に引っ張る」感覚と表現している。これは左の長距離打者だった掛布雅之が左方向へ長打を放つことを「左に引っ張る」と表現したのと一致している)。入団当初は荒削りな部分が目立ったものの、毎年打率を向上させるなど確実性も備えてきている。
(ウィキペディアより)
 

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